「所長、ボーッとしてどうしたんですか?」
のりちゃんが、朝からくたびれた様子の所長に尋ねた。
「うん、このところ忘年会続きで。」
「ただでさえ最近、ボケてきてるんですから、気をつけてくださいよー。」
そうそう、しっかりしてくださいね。忘年会シーズン真っ盛り、私もお客様からのお誘いが多く、結構身体が重くなってしまった。ノリコ、今日から、ダイエット頑張るのよ!あらっ、最近、顧問先になった魚河岸商店の田中社長からメールだわ。ナニナニ、来週末に年金事務所の調査で来所依頼。エーッと、来週のスケジュールはどうなっているかしら。
社会保険の加入がパートにも拡大
「いつもお世話になっております、社労士のノリコです。田中社長、年金事務所から調査の連絡があったようですね。」
「いやー、ノリコ先生、なんだか面倒くさいことになりました。」
「田中社長、そうではありません。少なくとも、年に一度は、定期的に調査はあります。御社ではちゃんと手続きをしているのではないですか?」
「そのつもりではいるけど、何を調べるのかね。」
「加入漏れや標準報酬の月額変更などが適切かどうかなどを見ます。私が、代行して調査に行って参ります。」
「それは助かります。宜しくお願いします。ところで、社会保険の加入がパートにも拡大されると聞いたけど、本当かね?」
「パートタイマーの社会保険の適用については既に大手企業では始まっていますよ。平成28年10月から被保険者数が501人以上の企業(特定適用事業所)に勤めで、1年以上雇用の見込みがあり、週所定労働時間が20時間以上かつ月収が88,000円以上のパートタイマーは加入が義務付けられました。また平成29年4月からは、被保険者数が500人以下の会社でも、労使の合意によって加入することができるようになりました。」
「それじゃー、ウチは関係ないのか。」
「いえ、そうではありません。今、国が国会に提出する予定の改正案は、まず、被保険者数が101人以上の企業に適用を開始し、その後、51人以上の企業に適用をするというものです。そうなれば、近い将来、御社でもパートタイマーで社会保険の加入対象となる方がいると思います。」
「そうか、やはりパートに社会保険を加入させなればならなくなるのか。人件費がアップするな。何とかならんもんかね。」
「パートへの社会保険の加入促進は、今後の労働力人口の減少に対し、女性の就労機会を増やし、また、保険料を負担してもらうことで保険財政の一助になるものとして国は考えています。働き方改革の一環として捉える必要があります。」
「また働き方改革か。なんか、皆、口をそろえて働き方改革と言うが、残業は減らせ、有給は取れ、これじゃー企業は堪ったもんじゃない。」
「そうですね、働き方改革を単に労働時間の短縮や休暇の取得促進ととらえてしまうと、確かに企業には負担が大きく感じると思います。ですが、社長、働き方改革は、多様な働き方で働く人を増やし、業務の見直しにより効率化を図り更に、IT投資により生産性を高める成長のきっかけととらえれば、御社にとってはチャンスになるのではないでしょうか?」
「ITの導入は、既にやっているよ。勤怠管理システムやスマホやタブレットを使った電子発注の仕組みも導入した。業務の見直しは、まだまだ進んでいないが、今後はノリコ先生の力を借りて進めていくつもりだよ。それより、多様な働き方で人を増やすというのはどう言うことかね。」
「現在でも、正規、非正規という言葉がありますが、それは正社員に対して、パートや契約社員、派遣社員という枠組みです。これに対し、多様な働き方は、単にこれらの雇用形態にとどまらず、労働者として主婦や高齢者、障がい者、更には外国人等が自分の働く目的やスタイルに合わせて働くことで全体の労働力人口を増加させようというものです。最近増加しているのが、企業で働きながら、副業をするようなケースです。特に、プログラミングやEコマースなどで自宅にいながら副業を行う人が増えているようです。単に副収入を得るだけでなく、自分のスキル向上や起業に役立てているようですよ。」
「そうかね。でも、このご時世、いろんな人を雇いたいと思ってもなかなか人が集まらんよ。」
「そうですね、なんといっても中小企業では人手不足感が強いですよね。そうであれば、社会保険の適用拡大は、ある意味、中小企業にとっては、人材確保の良いチャンスになるかもしれませんよ。今まで、社会保険加入にできなかったために、万一の病気などで休職しなければならないとき、健康保険の傷病手当金の制度が利用できなかったのが、社会保険に加入することで利用可能となり安心して働けるようになります。将来受け取る年金も厚生年金に加入することで、増額となります。」
130万円の壁
「しかし、パートは103万円の壁とかいうのがあるだろう。」
「確かに税法上の配偶者控除は収入が103万円以下の人に適用されますが、税制改正により配偶者特別控除の控除額や対象となる収入が変わりました。これにより、配偶者控除と同額の38万円の控除を受けられるのが150万円までとなりました。そうすると、現実に、パートタイマーにとっては103万円の壁というより130万円の壁が立ちはだかります。」
「130万円?」
「そうです、健康保険の被扶養者になるためには、収入が130万円未満でなければなりません。130万円以上あると被扶養者から外れ、自分で社会保険に加入する(加入要件を満たす必要がある)か、国民健康保険及び国民年金の1号被保険者として自分で保険料を負担する必要があります。被扶養者であれば、健康保険も国民年金(3号被保険者として)も保険料負担がありませんでした。そのため、130万円の壁が意識されるようになったのです。」
「待てよ、さっきノリコ先生は、月額88,000円で社会保険に加入するようになるって言わなかったか?」
「そう申しました。大企業では既に88,000円の12か月分の106万円で社会保険に加入しなければなりません。中小企業にもこれが適用されるようになると、今後は、130万の壁ではなく106万の壁と言われるでしょう。」
「まあ、いずれにしてもそれで人が雇えれば良しとするか。これからも色々情報を頼むよ。」
「はい、承知しました。」
忘年会のシーズン、体には気をつけて
「あれーっ、所長、昨日と同じ格好してません?それに、ひげも生えちゃって。」
SAWAちゃんに言われてもごもごと、口ごもっている。
「ひょっとして、昨日は事務所に泊ったんですか?」
「そうなんだ、終電を逃しちゃって。仕方なくね。」
所長は、昨日も忘年会。時間を忘れて楽しみすぎちゃったようです。
「少しは、自制してください。そんなんじゃ、体を壊しますよ。」
のりちゃんのきつい一言で目が覚めたらしい。
「はい、今後気を付けます!」