「パワハラが、法定されましたね。今後は、今まで以上に注意する必要がありますね。」
ただ今、社労士試験合格に向けて猛勉強中のSAWAちゃんが、5月29日に成立した改正労働施策総合推進法のことを、事務担当している顧問先と電話で話している。パワハラは、近年非常に増加している。しかし、女性が受けるパワハラは多くがセクハラとセットになっていることを忘れてはならない。
「SAWAちゃん、最近綺麗になったねー。彼氏といいことでもしてるのかなー。」
「所長、いいことって何ですか?それって、セクハラですよ!」
「えーっ、セクハラ?そんなつもりで言ったんじゃないんだけど。」
「ノリコ先生、所長を叱ってくださいよー。」
全く困ったものだ。社労士事務所の所長ともあろう人が。
「所長、これは大問題ですよ。あとで会議室でお話しましょう!」
私はノリコ、顧客の人事労務に関する問題のスペシャリストだ。
社内恋愛?それともセクハラ?
「伊藤社長、ご無沙汰しております。」
「イヤイヤ、美人のノリコ先生に滅多に会わないのは、会社が上手くいっている証拠だよ。全て、ノリコ先生のお陰だ。」
「ありがとうございます。社長、ただし、美人という容姿を表す表現は、場合によってはセクハラに該当しますので、ご注意くださいね。」
「イヤー、参ったな。ところが、そのセクハラが問題になっているんだ。」
「どうされたのですか?」
「総務部長の原田君から話してもらおう。」
「実は、新入社員の歓迎会で、4年目の宮川君が、新入社員の森田さんを『泉ちゃん、泉ちゃん』とちゃん付けで呼んだらしいのです。」
「そうですか。恐らく本人は、親しみを込めて呼んだでしょね。」
「そうだと思うんですが。その後も『ちゃん』付けで呼んでいたらしいのです。それが好意に発展したらしく、交際を申し込んだらしいんです。」
「まぁ!それでどうなったのですか?」
「森田さんは、その気がないらしく断ったそうですが、その後も何度か交際を迫ったようです。」
「それで?」
「森田さんが上司の山田課長に相談したんです。先輩との関係を悪くしたくない、でも、何度も交際を迫られるのは苦痛だと。」
「そうですね、職場の人間関係は職場環境の中でも最も重要な要素です。それが壊れてしまっては、仕事に身が入りませんし、能率も著しく低下します。更に、本人が交際を断っているのに何度も迫るのは、ストーカー規制法に抵触する恐れがあります。これは、刑法犯罪に該当しますので宮川さんにはきちんと注意する必要があります。」
「エッ?セクハラじゃなくてストーカーなんですか?」
「ええ、まずはストーカー行為であることを本人に自覚させる必要があります。セクハラについても、相手が断っているのに執拗に交際を迫ることは、それにより相手の就業環境が悪化することにつながりますので、セクハラにも該当すると思います。」
「そうですか。実は、最近、宮川君が森田さんを無視している様なんです。それで、セクハラだろうと思ってノリコ先生にご相談した次第です。」
「それは、困ったことになっていますね。少しセクハラについて確認してみましょう。」
セクハラとは
セクハラは正式にはセクシュアルハラスメントといい、ハラスメントの1種です。男女雇用機会均等法においては、セクハラを次のように定義しています。
- 職場において、労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否したことで解雇、降格、減給などの不利益を受けること(対価型セクシュアルハラスメント)
- 性的な言動が行われることで職場の環境が不快なものとなったため、労働者の能力の発揮に大きな悪影響が生じること(環境型セクシュアルハラスメント)
この定義における「職場において」とは次のような場所を言います。
- 普段働いている場所
- 出張先や取引先の事務所又は顧客の自宅
- 業務で使用する車中
- アフターファイブの宴会(業務の延長と考えられるもの)
更に「性的な言動」とは、①性的な内容の発言と②性的な行動の2つに区分されます。
①性的な内容の発言とは次のようなものです。
- 性的な事実関係を尋ねること
- 性的な内容の情報を流すこと
- 性的な冗談やからかい、執拗にデートや交際を迫ること
- 個人的な性的体験を話すこと
②性的な行動とは次のようなものです。
- 性的な関係を強要すること
- 必要なく身体に接触すること
- わいせつ図画を配布、掲示すること
- 強制わいせつ行為、強姦など
また、セクハラの対象は、異性に限らず、同性に対して行う場合もセクハラとなります。セクハラはそれにより就業上の不利益を受けたり不快な思いをしたり、それにより仕事の能率が落ちるという労働者にとって大変好ましくない結果を引き起こします。会社は、セクハラを防止するために様々な措置を講ずることが求められています。
セクハラが起きた場合の対処法は
「ノリコ先生、まずはどうした良いでしょうか?」
「そうですね、まず最初にすべきは、事実関係の正確な把握です。森田さんからは、既にセクハラ被害に遭ったという相談を受けているわけですから、宮川さんに聴き取りを行ってください。職場に、宮川さんが森田さんに交際を迫ったことを知っている人はいますか?」
「森田さんは、上司に相談した以外、まだ誰にも話してないそうです。」
「そうですか。では、森田さんにも宮川さんにも今回の件について他言しないように釘を刺しておいてください。職場に知れ渡ってしまっては、二人とも居づらくなってしまうおそれがあります。」
「分かりました。ただ、宮川君が『そんな事実はない。』と否定したらどうしましょう?」
「よくあります。本人は、単に好意を寄せいているだけで、何の悪気もない場合、自分がセクハラやストーカーをしている自覚がないんです。そう言った場合には、セクハラをしたのかしていないかを聴くのではなく、どんな事実があったのかを話してもらい、自分の行為がセクハラに該当することに気付いてもらう必要があります。」
「分かりました。宮川君に事実関係を確認してみます。」
「その上で、セクハラにより森田さんが、不快な思いをしていることを伝えてください。同僚が気持ちよく働く権利を侵害されていることを理解してもらい、今後は、そのような行為をしないように自覚を促してください。今回のケースでは、森田さんも人間関係が破綻したとまでは考えていないようですので、懲戒処分とすることは、却って森田さんを逆恨みすることにつながるかもしれません。厳重注意として口頭での注意にとどめておき、会社側は面談の記録を作成し保管してください。」
「そうですね、ただ、宮川君が森田さんを無視している様なので、それはどうしたら良いでしょう?」
「それについても、相手を無視することが問題行動であることを理解させる必要があります。ひょっとしたら…。」
「ひょっとしたら?」
「いえ、まずは、宮川さんとの面談を早急に行ってください。」
セクハラを防止するためには
「先日は、アドバイスを頂きありがとうございました。何とか無事に解決できそうです。」
「そうですか、それは良かった。」
「宮川君も何となく自分の行為に問題あるかと思っていたそうです。無視をしていたように見えたのは、森田さんをあきらめようとして少し距離を置いたつもりだったようです。意図的に無視した訳じゃなかったと言っていました。もしかしたら、ノリコ先生はそのことにお気づきでしたか?」
「はい、何となくそうかなと。しばらくは、二人を良く観ていてあげてくださいね。被害者、加害者共にこういった件では、自分を責めてメンタル不調につながることがありますから。それから、全社的に、セクハラなどのハラスメント行為が職場環境を悪化させることをもっと理解してもらうために、ハラスメント防止研修会を実施してはいかがですか?」
「そうですね、事前に社員の皆によく理解してもらうことで、ハラスメントを防げればそれに越したことはありません。ノリコ先生、講師をお願いできますか?」
「承知しました。詳細は後日、打合せさせて戴きます。」
———
「あー、キミちゃん、そう言えば来月から3カ月間で夏休みを3日取ってもらうことになっているけど、どこか旅行にでも行くのかな?」
「ええ、家族4人でディズニーランドにでも行こうかと思ってます。」
「そうか、この少子高齢化の昨今、君たちのような世代がもっと子供を沢山産んでくれなきゃあな。せいぜい、旦那さんと頑張ってくれよ。」
「それって、どういう意味ですか?」
「いっ、いや、何でもない。」
「ノリコ先生、所長がまたセクハラですよー。」
もう本当にしょうがない。今日こそは、徹底的にとっちめてやるわ。
「所長!お話がありますので、会議室にいらしてください!今日は朝まで帰しませんからね。」
「そ、それって、パワハラなんじゃないの?」
「何言ってんですか!反省してください。」