「明けましておめでとうございます!ノリコ先生、良いお正月でした~?」
今日は仕事始め、SAWAちゃんが、「ノリが良い」調子で話しかけてきた。
「そうねー、平穏で良いお正月だったわ。」
「SAWAちゃんは、どうだったの?」
「ウーン、美味しいものを食べ過ぎて、少し太っちゃいました。」
「そうなの、実は、私も同じよ。今日からダイエットしなくちゃ!」
私は、ノリコ。社会保険労務士だ。企業の人事労務の専門家として、アドバイスを行なっている。
「やあ、みんな、おめでとう。今年もよろしく頼むよ。」
所長がみんなに声を掛けたが、いかにも飲み疲れって感じ。少しは、節制してくださいよ!何かあったらみんな困るんですからね。
見合う報酬
「ノリコ先生、困ったことになりました。ウチの開発部の山中が、会社を訴えると騒いでいるんです。」
「一体、どうなさったんですか?」
「それが、山中の開発した部品が、工作機械メーカーに好評で、注文がひっきりなしなんです。」
「それは、良かったですね。何か問題でも?」
「ええ、会社には、大変な利益をもたらしてくれたんですが、それに見合う報酬をよこせと言うんです。」
「御社の就業規則には、知的財産権に関する規定は有りますか?」
実は、愛知名古屋製作所(仮名)は、昨年末に税理士の紹介で、クライアントになったばかりの会社だ。総務部長の川北氏は、技術畑出身で、開発部の今回の成果に対して何らかの報酬をキチンと出したいと考えているらしい。
「それが、何の規定も設けていないんです。今までは、ウチの開発部は、名ばかりで、大手の真似をしているに過ぎませんでした。それで、そんな必要はないと思って何の規定もなく、済んできたんです。」
「それがどうして、訴訟だなんてことになったんですか?」
「実は、山中には表彰状を社長から渡して一応表彰はしたんですが、金銭的な報酬が一切なかったので、それについておかしいと言い出したんです。」
「そうですか。就業規則に経済上の利益を与えることについて規定があれば、訴訟だのと騒ぎにならなかったかもしれませんね。就業規則を一度手直しして、山中さんには知財に関する規定を遡って適用するように交渉をしてみる必要がありますね。」
「でも、どういう内容にしたら良いのでしょうか?」
「特許庁が公表しているガイドラインがありますのでそれを参考に一緒に考えましょう。」
「それは助かります、ノリコ先生、宜しくお願いします。」
「職務発明」について特許を受ける権利
特許庁が公表している特許法第35条第6項のガイドラインには、「職務発明」について特許を受ける権利について、会社に原始的に帰属するのか従業員に帰属するのかによって、発明者に対してどのように相当の利益を付与するかについてのルールが定められている。基本的に、職務を行う過程で発明した技術等は、「職務発明」に該当するので、このガイドラインに沿って相当の利益を付与するルールを定めておく必要がある。
就業規則などの社内規程に「相当の利益の内容を決定するための基準」があるかどうかである。基準が有るのであれば、ガイドラインに沿った手続等を実施する必要がある。そうでない場合は、発明者である従業員と会社との協議によりその内容を決定することになる。
ガイドラインに沿った手続きは、
- 基準案の協議
- 基準の開示
- 意見の聴取
の3つからなる。
1、基準案の協議とは、相当の利益の付与に関する基準案について、対象となる発明者又は従業員の代表(過半数労働組合または従業員の過半数代表)との話合いの場を適切に持つことである。就業規則に定める場合は、従業員の過半数代表に意見を求め、協議を行っていることが必要である。通常の就業規則に対する意見聴取が行われていれば良い。
2、基準の開示は、相当の利益をどのように算定し、支給するのかの基準を発明者や他の従業員がいつでも見られるようにしておく必要がある。イントラネットでいつでも閲覧できるまたは、就業規則を周知しているのであれは良い。
3、意見聴取とは、具体的に発明者である従業員から意見を聴く、またはあらかじめ従業員の代表から意見を聴取したうえで、相当な利益の内容を決定するなどである。就業規則に、意見聴取の機会を設けるなどと規定しておけば良い。
相当の利益は、多くの企業では報奨金などの名目で金銭を付与するケースが多いが、昇進や昇格による給与のアップ、特別有給休暇の付与など、金銭以外の経済上の利益を付与する場合もある。特に中小企業においては、金銭以外の経済上の利益の付与が実態に即しているのではないだろうか。ただし、世間相場からかけ離れたものであっては、相当の利益と認められないこともあるため、他の企業の実態を調査する必要がある。
「イヤーッ、ノリコ先生大変助かりました。山中も100%ではありませんが、納得して訴訟にするのは取りやめてくれました。」
「相当の利益を特別有給休暇として付与し、一定額の報奨金を支払うことで、山中さん、旅行に行ってリフレッシュして来るっておっしゃってましたネ。」
「そうなんです、ハワイに2週間行ってくるそうです。まあその旅費も報奨金でカバーできるわけですから、彼にとっても良かったんでしょう。これで、ウチもこれからは安心して製品開発に打ち込んでもらえますよ。」
「いえいえ、安心してはいけませんよ。とりあえず、特許、意匠、商標に関しては規定を設けましたが、著作権や回路配置利用権などについても規定を設けておく必要がありますよ。特に著作権は、設計図や論文など保護すべきものが多いですからね。」
「分かりました、それらもノリコ先生にお願いできますか?」
「承知しました。急いで準備しましょう。」
風邪?
「ゴホッ、ゴホッ!」
「アラッ、SAWAちゃん、咳なんかして風邪?」
「誰かさんが、くしゃみや咳をそこらじゅうでしまくっているから、うつっちゃったみたいです。」
「本当に困った人ね、飲み疲れているだけならまだしも、人に風邪までうつしてしまっては、捨てておけないわ。」
ノリコは、ツカツカと所長のデスクまで歩いていき、
「所長!風邪気味でしたらマスクをしてください。皆にうつってしまっては困ります。」
と言ったとたん顔をしかめた。
振り返った所長の顔には、大きな字で「インフルエンザ」と書いたマスクがはめられていたからだ。
「イヤーッ、ごめんごめん。風邪かと思っていたんだが、インフルエンザだったよ。今日はもう帰るから、後は宜しく!」
なんだかうれしそうに帰っていく姿を見て、
「明日から戦力のSAWAちゃんと戦力外約1名が欠勤ね。ウチもインフルエンザ対策をしっかりしなくちゃ!」
と心に誓うのであった。